食道癌、胃癌、大腸癌はどのように治療されているか(特別寄稿) | 茨木市にある谷川記念病院 整形外科・鼠径ヘルニア・人工関節・肩・痔・関節痛・骨折・腹痛・交通事故など様々な症状に対応
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2016.08.01

食道癌、胃癌、大腸癌はどのように治療されているか(特別寄稿)

第三章 大腸癌            谷川 允彦

はじめに

消化器癌の治療は内視鏡外科手術の導入により、過去20年間に大きく、そしてゆっくりと変化してきています。 大学を離れ、本院を立ち上げて以来のこの三年間に、各関連学会での消化器癌内視鏡外科のシンポジウム・パネルディスカッションなどで、特別発言を務めさせていただく機会を再三経験してきました。そこで、ここに、それらの発言を集約する内容を提示することにより、この第三章では大腸癌の治療様式の現状を紹介しながら、内視鏡外科の位置づけを明らかにしたいと思い、この特集を組みました。一人でも多くの読者のご理解に役立つことができれば、大変嬉しく思います。

我が国の大腸癌の罹患数と治療様式

本院が在る“大阪府のがん”http://www.ccstat.jp/osaka/index.htmlは大阪府立成人病センターによる地域癌登録事業によって行われてきた成果ですが、その質の高さから関係機関からも高い評価を受けています。 一方、全国のがんについては平成16年度 (2004) に始まった第3次対がん10か年総合戦略研究事業「がん罹患・死亡動向の実態把握に関する研究」の推進によって癌の全国登録制度が次第に整備されてきており、その成果が記載されている国立がん研究センターの”がん情報“ http://ganjoho.jp/public/index.html から多くのことを知ることができます。また、厚生労働省データーベースhttp://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/0000037024.html から、DPC保険診療記録に基づいた各疾患の数とそれらに対する治療様式の実際を調べることができます。これらを駆使して、本院が対象疾患の一部にしている大腸癌の罹患数とその治療の現状を紹介することに致します。

(1) 大腸とは;
大腸は食物が消化吸収された残りの腸内容物をため、水分を吸収して大便にする器官です。大腸菌や乳酸菌などの100種類以上の腸内細菌が存在しており、食物繊維の分解や感染予防の働きなどをしています。
大腸は盲腸から始まります。盲腸から上(頭側)に向かう部分が上行結腸、次いで横に向かう部分を横行結腸、下に向かう部分が下行結腸、S字状に曲がっている部分がS状結腸、約15cmの真っすぐな部分が直腸で、最後の肛門括約筋のあるところが肛門管です。

(2) 疫学;
大腸癌は、長さ約2mの大腸(結腸・直腸・肛門)に発生する癌で、日本人ではS状結腸と直腸にできやすいといわれています。
大腸粘膜の細胞から発生し、腺腫というポリープ状の良性腫瘍の一部が癌化して発生したものと正常粘膜から直接発生するものがあります。大腸癌では、直系の親族に同じ病気の人がいるという家族歴が、リスク要因になります。特に、家族性大腸腺腫症と遺伝性非ポリポーシス性大腸癌家系は、明らかな大腸癌のリスク要因とされています。生活習慣では、過体重と肥満、飲酒、加工肉などでリスクが高くなるとされています。

(3) 罹患率、罹患数;
大腸癌にかかる割合(罹患率)は、50歳代から増加し始め、高齢になるほど高くなります。大腸癌の罹患率、死亡率はともに男性では女性の約2倍と高く、結腸癌より直腸癌において男女差が大きい傾向があります。
大腸癌の罹患数は1990年代半ばまで増加し、それ以降は横ばい傾向にあります。(図8)に2005年以降の我国の罹患数の推移を示していますが、直近の2009年まで約3,000例/年の漸増を示していますが、これは食道癌の項でも述べたように癌罹患数の変化の実態を捉えているとするよりも、癌登録制度が整備されてきたことによる届出数の継続的な増大が主要因と考えられています。罹患率の国際比較では、結腸癌はハワイの日系移民が日本人より高く、欧米白人と同程度であることが知られていましたが、最近では、結腸癌・直腸癌ともに、日本人はアメリカの日系移民および欧米白人とほぼ同じになっています。

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(4) 症状;大腸癌の症状は、大腸のどの部分に、どの程度の癌ができるかによって異なります。多い症状としては、血便、下血、下痢と便秘の繰り返し、便が細い、便が残る感じ、おなかが張る、腹痛、貧血、原因不明の体重減少などがあります。中でも血便の頻度が高いのですが、痔などの良性疾患でも同じような症状がありますので、早めに消化器科、胃腸科、肛門科などを受診することが早期発見につながります。時には、癌による腸閉塞症状から嘔吐などで癌が発見されたり、大腸癌の転移が、肺や肝臓の腫瘤として先に発見されることもあります。

(5) 治療様式;
厚生労働省データーベースによると2011年4月から2012年3月までの一年間にDPCないしDPC準備病院において行われた大腸癌治療症例数は92,728例であり、その治療別内訳は開腹大腸切除再建術 38,516例 (41%)、腹腔鏡下大腸切除再建術 35,342例 (38.1%)、そして内視鏡治療 18,866例 (20.3%) となっています。 すなわち、開腹ないし腹腔鏡による大腸癌切除再建術が73,858例に行われており、切除再建術を企図した症例の内の47.8%に腹腔鏡手術が行われていることになります。一方、National Clinical Databaseによると2011年の1月から2012年12月までの2年間に施行された腹腔鏡下手術を含んだ大腸癌切除再建例数は195,206例とされており、一年間に約97,000例に切除再建術が行われています。 両調査の間に2万余例の乖離があることから、NCDの詳細な成績開示が待たれるところです(表3)。 前述のごとく腹腔鏡下手術数の年次別推移については日本内視鏡外科学会が隔年に行っている全国アンケート調査があり、その結果の大腸癌部分を(図9)に示しています。1992年に始まって以来、過去20年間に対数曲線的に増加してきており、最近の2011年の1年間に切除再建術を適応とした35,048例のうち16,417例(46.8 %)という高頻度に腹腔鏡手術が選択されていると報告されています。この値は前述の厚労省データーベースからの調査に基づく73,858例の切除再建例数でもほぼ同様の頻度を示しており、大腸癌手術に内視鏡外科が高頻度に利用されていることが分かります。この点に関する更に確実な検証には10万例に近い膨大な切除再建例数となっているNCDの詳細な検討結果が待たれるところです。

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おわりに

腹腔鏡や胸腔鏡などを用いた内視鏡外科は体表面の傷が小さいことから術後の痛みが少なく、早期の退院と早い社会復帰を可能にしました。1985年にドイツの片田舎で始まった腹腔鏡下胆嚢摘除術は従来の開腹による方法に比べて患者への負担が格段に低いことから瞬く間に世界に広まり、今や胆嚢結石や胆嚢ポリープの標準的治療法になっています。その普及の波は胆嚢から今回テーマにした大腸癌の治療様式にも影響してきています。本論文ではその現状を臓器ごとに分けて紹介させていただきました。ロボット手術に代表されるように、医用工学の進歩とあいまって進化している画像装置、手術器材を用いて行う内視鏡外科の更なる発展は疑いのないところと思われます。

参考文献

1) Litynski GS. Erich Mühe and the rejection of laparoscopic cholecystectomy (1985): A surgeon ahead of his time. J Soc Laparoendo Surg, 1998. 2(4); 341-346
2)宮田 裕章,大久保豪,友滝愛,後藤 満一,今野 弘之,橋本英樹,岩中督,森正樹. 特別企画3:National clinical data base (NCD) のデータから見た我が国の消化器外科医療水準と今後の展開.課題番号 : SS-3-1 消化器外科領域における今後の医療水準評価関連分析の展望.第68回日本消化器外科学会総会;2013/7;宮崎
3)大阪府のがん http://www.ccstat.jp/osaka/index.html
4)がん情報 http://ganjoho.jp/public/index.html
5)厚生労働省データーベース http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/0000037024.html